VOICE VOICE VOICE -参加者の声-


最初に


 ことば塾WORTEに初めていらした方の多くは、とてもとまどうそうです。

 言われていることはわかるのに、できない。
 先輩のクラスメートがしているのを見ると簡単そうなのに、やるとできない。
 こんな癖があったっけ。

 それは私たちがことばを使いながらも、新たに学ぶことのとまどいではないかと思います。すでに何十年も使い続けていた身体の癖、言葉の癖、すべて無意識ですが、それを意識にのぼらせていくのは、時にはしんどいことです。
 それでも「学びたい」「おもしろい」と続けてくださる方、ご紹介してくださる方が多いのも事実です。
 
 お話ができるようになることが大事なのではない。上手になることが大事なのではない。
 人と比べて、上手になる、そういうことはありえない。
 私はそう考えています。もちろんお話の世界から、最初は多くを学びます。でもことばを学ぶことは、それだけではありません。

 何を感じ、何をつかみ、どう自分が自分を捕まえていくのか。そのプロセスはとても繊細で、かつダイナミックです。私は受講生にいい意味で、時折とてもびっくりさせられます。人はこんなに変わることができるんだ。そしてその変わり方は、セールスのためでもなく、キャリアアップのためでもなく、もっと別のところに端を発しています。全体感のあるすっきりと、潔い変化です。
 。
 、立ち方や顔つきまで、くっきりと明確になっていくような大きな変わり方。そして話すこと、伝えることをつかんでいくときのうれしい感じ。お話が独りよがりではなく、好きになるわくわく感。自分で自分の存在に触れる醍醐味。

 これらはすべて、実際に受けてみないとわかりません。
 大人のための言葉の学校、ヴォルテに何があるのか、何を体験できるのか、何ができるようになるのかはサイトではわかりません。でも体験者の感想はヴォルテ のレッスンを伝えています。
 そこでわずかですが、体験者の声をご紹介します。



講座終了後のアンケートから
 質問はいろいろですが、印象的だったことは何ですか?  「ことばを学ぶ」ことについてのコメント、講師へのメッセージなどです。
 

 ここに来るといいのは、何ができないのかを指摘されるだけでなく、きちんと言葉にしてくれるところ。どうしたらいいのか、自分がどこにいるのか、ステップが見えてくる。(素話クラス Sさん)

 これほど苦しいとは予想していなかった。簡単なことがまったくできない。 
 しかし着実に前進しているように思います。このまま続けたい。(素話・朗読クラス Tさん)

 自分を知り、うちのめされるけど、変わる自分、変えていける自分がうぬぼれてしまうほどうれしい。(素話クラス Hさん)

 印象的だったのは誰でもお話と「結びつくことができる」こと。
 外の世界とつながるための一つの手段として「ことば」をもつ「私」がどのように身体をつかい、声を出し、「ことば」を発しているのかを学ぶことによって、自分の在り方が明らかになりつつあると思う。そのことによって、外界、とくに他人との関わりあい方を見直すことになり、苦しいが、やみくもに人間関係に悩んで苦しむよりも、自分の立ち位置が分かってて悩む方が、かじ取りがしっかり出来ている気がする。(素話・朗読クラス Nさん)

 「ことばを学ぶ」ことは「自分を知る旅に出る」ことだと思います。漠然と自分自身に抱いていていた印象が、鮮やかに浮かび上がってきます。自分を知ることや、自分を変えることは、ちょっと、いやかなりしんどいけれど、その先に見える何かに期待して学んでいます。(ストーリーテリングクラス Hさん)
 
 コメントがいつも的確でびっくりします。こんなにも自分を見ていてくれる人がいるんだという事だけで大満足です。
(素話・朗読クラス Kさん)

 
 
ヴォルテの「個」主義

 Mさんからのメールを紹介いたします。Mさんは「ことばは子どものごちそう」に継続していらしていた方です。三ヶ月に一度の講座ですが、続けるとずいぶん力がつくのだと感心した方です。

 お話をするときには映像、そしてだんだんとドラマスパイスを、という(ここまでかいつまんでしまうのも申し訳ないのですが、要約するとこんなことになります)講座の主旨を実際に日常で気をつけていらっしゃるうちに、どんどんとことばの魅力と、学ぶことの魅力に気づいてゆかれました。

 ヴォルテの「個育て」はヴォルテにとっては骨格といっていいほど、大事にしていることです。モニターをなさっているMさんからのメールにちょうどこの事が書いてあったのでみなさんにも紹介することにしました。

 どんな場所にも相性はあると思います。ヴォルテが誰にとってもすばらしいところ、だとは私は思いません。でもことばに興味のある人、ことばと身体と音に興味のある人、シュタイナー教育を大人になっても受けたいと思っている人にとっては、ヴォルテという場所で行っている個を重視した(ことばを重視すると、ことばは個なので、そうなります)スタンスはきっとなにかしら響くところのあるものだと思います。 

 


Mさんからのメール

 “ひとりひとりを大切に、徹底した個人指導を行う” と言うと、どこかの学習塾の宣伝コピーのようですが、WORTEの講座では、全くそのとおりのことが行われていると思います。

 WORTEの講座にくると、皆の前でひとりでやらされるし、色々な注文をつけられるし、その時は大変で、どっと疲れるのですが、なぜか楽しい。気持ちがいいのです。なぜだろう。はじめの頃はよく分からなかったのですが、最近、思います。

 それは、自分のことを真剣に見てもらえるからではないかと。真剣に見てもらい、できないところを練習して、それが少しづつでもできるようになった時の喜び。それも、他人と比べてどうこうではなく、全て、自分自身の個性として、です。
 恵矢さんが誰かを見ている時の目は真剣そのもので、怖いくらいです。それだけ集中しているからこそ、その人に、今足りないところを見つけ、どんな練習をしたらその人にとってやり易いのか、といったことをその場でプログラミングしてしまうことができるのだと思います。あまりにも当たり前の事のようになさっていたので気がつかなかったのですが、これほど徹底した個人指導は他にはないと思います。

 不思議なことに、WORTEの講座を受けたその後は、しばらくの間、子どもに優しく接することができるような気がします。

 やる気を伸ばす声のかけ方とか、悪いことをした時は感情的に怒るのではなく、冷静に叱る方がよいとか、子育てのHow to本を読んでなるほどそのとおりだ!と思い、そうしようとすればするほど、自分がイライラしてきたり、ぎこちなくなったりすることが多かったものです。
 子どもの個性を大切にして、その子の良いところを伸ばしてあげましょう。と書いてあれば、そうは思うのですが、実際にはどういうことなのか、ピンとこない。何だか気恥ずかしい感じがしてしまう。今までに、自分が経験したことがないので分からないのかもしれません。

 私自身は、色々な人と比べられ、競争に勝つことを求められて育ってきました。時代がそうだったのだし、それはそれでよい所もあったと思うし、悪い所もあったと思います。 
 WORTEの講座に出て、自分が本当に個性を大切にされて、指導されたという実感が体に残っていると、子どもへの接し方も変わってくるのだと思いました。

 素話しができるようになりたいと思って参加した講座でしたが、なんという素晴らしい副産物でしょう。
 子どものために何かしたいと思うとき、子どもに対して施すことばかりを考えるのではなく、自分が学ぶこと、自分が変化することが大切なのですね。

  


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