はじめに
今までヴォルテのニュースレターだからと、私がヴォルテ以外にどんなことを考えたり、しているのかは書かないようにしてきました。けれどもそろそろ書ける範囲で書きたい気持ちがでてきました。
言語造形と出会って19年、今年の誕生日で私の人生の半分以上を言語造形が占めます。
これからはずっと半分以上を占め続けていくことになります。このくらいたつと、もともとことばにならないことも、だんだんとことばになっていきます。ことばにする内容は当たり前のことですが、もとはことばではないものです。そして大切であればあるほど、ことばにしたいことほど、なかなかことばにはならないです。
だから、大切なものであればあるほど、ことばになるまでには長い時間がかかる。
素話クラスで一つのお話をさまざまなステップを通してレッスンしていき、仕上がりの段階になったときに、「このお話を一言でいうと?」と質問します。
お話とどんな風に関わってきたのかが、その一言に現れています。7回の講座をし、毎日のように家で練習してきたお話が、たった一言になどならないと思われるかもしれません。
でも、不思議なことに、関われば関わるほど、自然としゅーっと集約していきます。何も壊すことなく、すべてがそこに凝縮していく。
濃度が高まっていく。詩とはこんなものなのではないかと私は考えています。だからたったの一行なのに時間がかかっています。その一言を聞くと、そこから奥行きと広がりがじわっと現れてきます。みなさんがどんな風にお話とかかわってきたのか、それが一言に集約されています。詩も同じで、どんな時間をどんな人がどんな風に抱えたのかが、ことばになっています。
ことばではないものがことばになる。「ことばへの受肉」と題して、私が考えていることを、お伝えできる範囲でお伝えしていこう、これがヴォルテ9年目に思ったことです。みなさまよろしくお願いいたします。
恥ずかしい、詩人
日本に帰ってきて最初の頃、大学に通いました。もうなくなってしまった学部ですが、作家や詩人が講義していました。卒業論文の代わりに作品を出すことも可能でした。私は12歳の時に書こうと決めて、尊敬する作家の辻邦生さんが言っていたみたいに、ピアニストがピアノに向かうように、ただただ書き続けていました。ドイツのユーゲントゼミナールにいったときに、自然と詩を書き始めていました。それからずっと詩です。
だから十年たって日本に戻ってきた時に、みなが書いていることにちょっと驚きました。
そんな講義に何回かもぐりでいったのですが、先生が最初の授業で「この中で書いている人?」と質問すると、ほぼ全員が手をあげていました。でもほとんどが、日常の中の日記のようなものだったようです。書くことって自意識があるから、お話のナレーターの位置が決まらない人がいるみたいに、どこに立って何をどう言うのか、難しいです。とっても難しいです。そこでなかなか覚悟できない。肚が決まらない。だからすごいなあと思うと同時に、ちょっと恥ずかしくなりました。
これまでも、ドイツ、スイス、ハンガリーにいた時に、アントロポゾフィのムーブメント外で人と知り合うときには、言語造形というよりも詩を書いている年数のが長いですから「何してるの?」の質問には「詩を書いている」とすんなり答えてきました。
ところがところが、なぜだろう。日本人に詩を書いているというと、困ったような空気が流れるのでした。そして、私じしん、詩を書いていると言うのが、恥ずかしかったです。なぜだろう?あまり考えないで年数がたちましたが、理由があるんだなと今になってわかります。
詩人じゃない
一つ目には、詩のとき使われることばじたいが、目に見えないものや、いとおしいものごと、人、神さま、この世へのラブレターのような気持ちから生まれていることばだからじゃないかなと思います。だから、そんなことをしているってだけで、そしてそんなことをしているって聞くと、なんて答えたらいいのかわからない雰囲気になるのかもしれません。
詩のことばは、小説やお話を書くことばとは違います。お話の世界のことばは、みんなに共通することばです。それを前提として、ストーリーにその作家自身が現れてきます。でも詩の場合はことばがすべてです。詩人一人一人、違う言語を話しているかのように、ことばが異なっているようです。たった数行読んだだけで、ああ、この詩人だとわかるような、その人の濃厚な刻印があります。新しくことばを作っているような濃度があります。
画家もそうですよね。サインしてなくても、その色を見ただけで、「ああこれはセザンヌの晩年に描いた、森のなかを裸の人たちが数名、立っている絵だ」とか、「あのいつも描いていた山だ」とか。「ああ、これはゴッホのブルーだ」「ひまわりの絵だ」とか言う風に、詩人もみなと同じことばを使っているようで、違うと私は思います。
そのときの濃度、圧縮のかけかたが、やはりどこか小説家とはまた違って、まっすぐで優しい。それが詩人だと思います。大人になっても、死ぬまで生真面目に、よくわからないものに対して、一見ラブラターとは分からないようなラブレターを書き続けている。でもそんな人が目の前にいたら、やっぱりちょっと恥ずかしいのかな。
私じしん、詩を書いていることが恥ずかしかった。それは自分がしていることにまだまだ恥ずかしいという気持ちが入る余裕があったからなんだと思います。自分が本当にこころの底から、たましいをふるわせ続けていることを、外にむかって言うのは一番勇気がいることですよね。だって一番大事なことを、相手がなんて言うかわからないのに開示して、贈ろうとするわけですから。だから恥ずかしいのかもしれません。でもそれを恥ずかしいと思う余裕があるということは、恥ずかしくなくなるまで、納得しきっていないってことだったんだなあと思います。
他の人がどんな価値観で生きているのかを知っていて、たとえ自分のそれが異なるとしても、私はこう考えている、こう感じている、こう体験している、と言ったり、それがもとになってこんな詩になった、とか言うことは勇気がいる。
おまけに、ちょっとにしかならない。小説と違って、何百ページにもならないし、たくさん書けない。何十年もかけて、書いたもののほとんどを棄てていかなければならないほど、少ししか残らない。わずかしかことばにならないことへの恥ずかしさ。でもそういうことも「そうなんだ。私はそうなんだ」と事実として淡々と認めるには、これだけの時間がかかったんだなあと思います。
恥ずかしいけど、なんでだろう?と思いながらも、でも詩なんだ、と思い続けて、だんだんと恥ずかしくなくなってこないとならなかったんだなあと思います。それにはその状態を十年、二十年と抱えて、実際にそう思いながら生きてみて、納得するだけの時間が私には必要だったのかもしれません。
もう3年も「getragen」の一単語しか書けない、ドイツ語の詩があります。もう3年も一歩も先へ行かれないと嘆いたとき、 画家の友人とこんな会話をしました。
「ずっとこの一語しか書けてないんだ。だから詩人じゃないよ。書けないもの」
「ことばにならないものを見つめてるんでしょ?」
「うん」
「ことばにしようとし続けてるんでしょ?」
「うん」
「だったら詩人だよ」
ことばが出てこなくても、ことばにならないものを見つめ続け、ことばにし続けようとする限り、詩人なんだよ、と。
たった一つの単語しか書けずに、何年も抱え続けていることも恥ずかしかったのですが、ことばではないものをことばにする、ということじたい、勇気がいることです。
相手からすれば、狂っているのか、妄想なのか、なかなかわからないし、そんなものふだん生活する分には必要がないのに、それをしている自分が、どうしても普通のことができない半端な人間にも思えてきます。それでもそれしか自分にはできない。それなのに一単語しか書けない。ことばをそこにつけ加えてなんとか詩の形にしようと思えばできるけれど、それをしたら壊れてしまう、詩ではなくなってしまうから、それさえしてしまえずに、阿呆のよう
に、ただ一単語を抱えているのに、それが詩人だなんてとても恥ずかしかった。
私はこういう風に思っているんだ、こんなことを願っているんだ、こんなことが大事なんだとわかったとしても、実際にこの身に生きて、年月をかけて納得し、確認する時間がなければ、詩のことばになりません。
体験したことがすーっとことばになるための私の目安は、十年です。人によって違うと思いますが、だいたい十年かかって詩のことばになろうと、私の一番下まで沈潜したものが、書こうとした時にまたあがってきます。たくさん忘れてしまったけれど、たくさんこぼしているけれど、それでもことばになって私のもとに戻ってきた時、それはものすごくかけがえがないです。その時間のために生きているのかもしれないとさえ思います。
でもそんな人間がいると、みんな困ってしまって変な雰囲気になってしまうのかもしれません。詩が生きる場所は、外には見つかりません。普通に生きていくと、私の中から詩はどんどん消えていきます。自分の生きる場所、自分はいていいのだと思える場所は、どれだけ外を探しても見つかりません。詩が生きる場所は、自分がそうやって生きた時間の中にしか私には見つかりません。
今回は20年弱かけて抱えてきたことを、恵矢私信として書くことにしましたから、さらに用心深いわけですが、それはやはりヴォルテという、私にとってやはりかけがえがなく大事な場所のニュースレターに掲載するので、私が詩を書いたり、先生としてではなくただの人間としてむき身で考えたりしていることを、本当にこの場に載せたいのか?
その二つが交差するのに時間がかかったのだと思います。それでもすべてを書けるわけではなく、ヴォルテのニュースレターという枠組みを壊さない程度、ですが、それでもヴォルテができて9年、考え始めて20年近くの歳月が必要でした。
みなさんの中にもことばを失ったかのように苦しい人がいるかもしれません。待っていいんだよ、と思います。ことばになるまで、十年待てばいいじゃない、と。20年待つ人だっているし、一生かかったっていいじゃない?と。大切であればあるほど、抱えて、ことばになって受肉するまで、抱えてみていい
じゃない?そう思います。生きているのは、ことばではないものが、ことばになって受肉するための時間じゃない?と。
私も実際、こんなスロースターターでいいの?というくらい、時間がかかります。まわりがなんて言っているのか、知っている。まわりがどんな価値観なのか知っている。でも、私はこう思っているよと、周りからなんの応援も安全弁もないのに、言う。詩はなんて勇気がいるんだろう。なぜ詩を書くことが恥ずかしいのか、でもそういう雰囲気がただよう時代を生きている、その中で、それでも詩を書きたい。たったそれだけの壁を納得するのに、20年かかる人もいるのだから、待とうよ、待っていいんだよ。そのかわり、納得するまで、ベラベラしない方がいいよ、そう思います。
リルケが「詩は感情じゃない。体験だ」と言っています。もしも感情なら、若い人が一番よく詩をかけるだろうが、そうじゃない、と。また谷川俊太郎さんも、若い時に詩を書く人はいっぱいいる。40歳まで書けばほんものだ、みたいなことを言っています。
大学で手をあげた多くの人たちが、40歳どころか、30歳までにはずいぶん違う人になって、書いていたことさえ忘れてしまいます。30歳どころか、就職活動の始まる3年生になると、すっかり髪型もしゃべり方も服装も変わり、それがいっぱしなんだよ、となっていきます。
だから私はまた別の意味で、日本の大学に20代後半で行った時、若い人たちと話すのが、恥ずかしかった。書くことがファッション以下になっていた。生き方の問題だから、別に書くのを止めたったかまわないけれど、それがどんなことなのか知る前に止めてしまって、しかもそんな変節そのものを一人前のような、いっぱしのことのように感じる場が、文化があって、そのことは私を深く黙らせました。なんていっても、自分だって恥ずかしいのですから、なぜ?と他の人に問うこともできないし、黙るしかなかったのです。
でもヴォルテという場所を生み出し、抱えるようにして9年続けてきて、少しずつ、いや、もがいて足をバタバタと動かし続けている間だけは、そこが生き
る場所になっているじゃないか、と納得してきました。詩もまた生きる場所があるんじゃないか、と。
詩を書くことはもう、恥ずかしいことじゃない。ではなぜなんだろう?それは死を見つめたからです。
詩=死?
だじゃれみたいですが、詩を書くことは、前もって死ぬことと似ているのではないかと思います。詩人ではなくても、書いている人は、あるいは芸術に携わる人にとって、創作活動は死を考えることと密接な関係にあるはずです。
ドイツ語のことわざに「死ぬ前に死ななかったものは、死ぬ時には滅びる」というものがあります。インパクトのあることばです。
みなさんの中にも身近な人の死や、ご自身の臨死体験などのきっかけ、あるいは何となく小さな頃から気になる等の理由でそういう方がいらっしゃると思いますが、私にとって「死」はつねに忘れることのできないものです。生きているからといって、この世にいることが永遠であるとはとても思えないです。当たり前のことですが、死ぬことを生きている最中に忘れることができません。ここにいることが当たり前のことには思えません。
ずっと、かすかな感覚というか感触が残っていて、この世ではこうしろ、ああしろ、こういうものだ、ああいうものだ、という目には見えない規範が、あってないかのごとく、かつ、なくてあるのですが、そして多くの人が違和感をかかえながらも、違和感をじっくり掘り下げる時間もエネルギーも奪われたまま、いつの間にかそれがいっぱしのことであるかのように、生きていることを余儀なくされていきます。
でも本当はこの世をしめるいっぱしの価値観、生き方のほうが、人にとっては例外的なのではないか?この世で当たり前のことも確かにあるけれど、じっと耳をすませていると、心をすっと止めるようなことが日々起こっていて、本当はこの世の価値観ではないものがちゃんといつもあって、いつか何かの加減で私という人間を、ひと剥きに剥き出しにしてしまう。私は
「あ!」と声をあげる間もなく、すざまじいスピードでトンネルを抜けていきます。
いったい何につかまればいいのかわからない。そのスピードの感触と、異なる価値観が姿をあらわにしたときの、「しまった!」というような恥ずかしさと後悔。いえ、恥ずかしいとか後悔ではことばが足りないような感触。そんな体験が残っています。ひと剥きに、裸にされたとき、私を見つめるその価値観にたいして、私は消えてなくなりたいほど、とまどった感触です。
そのひと剥きが私にとっては、死というものと関わっています。
いったいその価値観とはなんだったのだろう?
なぜ私はついていかれなかったのだろう?
いったい何をしでかしてしまったのだろう?
なぜ口ごもるしかないのだろう?
なぜことばにしたいことは、ことばにならないのだろう?
問えば問うほど、生きていくことはますますわからなくなります。
たくさんのそんな「なぜ?」を抱えて生きていると、物も人も透けて見えるようです。
詩を書くだけでなく、実際ヴォルテをしていると、聴き続ける仕事なわけですが、透けてきます。
例えばみながハンサムとか美人だという人を見ると、そうであることも知覚していますが、そのままハンサムとか美人には見えません。自分を美しいと思っている人は美しく見えないのです。その顔の形よりも、表情を作って動かしているものや、そこにいて肉体を形を越えて、息吹き、うごめき、意志しているものに目がいきます。肉体も形も透けて見えるかのようです。
私も乗り換えを急いだり、混んだ電車に乗ることがありますが、そんな時、肘をもともと人を押しのけるようにして乗っている若い綺麗な女性はとても醜く見えます。降りる時に当然のように人の背中を押すために手を出しているおばさんと同じに見えます。一歩一歩を右足をひきずるようにして、混んだプラットホームをスーツを来て移動する中年男性が、美しく見えます。足が不自由なために、こんなに一歩一歩が重いのに、毎日働きに出ていて、もしかしたら家族を養うためで、私達にとって無意識で当たり前の一歩一歩をこの人はこんなに必死でしている。それがその人を美しくしているのかもしれません。一歩の重さが全然違って見えるのです。
こんな風にして物や肉体は透けていきます。どんな思いで今ここにいるのか、なぜ、何がしたくてここにいるのか、しか見えなくなると、この世はなんだかあの世のように見えてきます。時折り、ふっとあちら側へいかれるのではないかと思います。もういいじゃないか、と言いたくなることもあります。ふっと消えたくなることもあります。
それでも本当のところは、消えたくはありません。そんな風にこの世があの世みたいに、だんだん透けて見えるけど、この世がこの世だからこそ、避けないで、逃げないで、ここにいてみると、なぜだろう?だんだんこのうえもなく愛おしく見えてくるからです。もちろん、押しのけられたり、押しのけたりして生きているのは醜いことだけれど、その醜さの中に入って、実際にそこに生きてみると愛おしいのです。なぜだろう?
そんな人も、泣いたり、誰かを求めたり、寂しかったりしていて、それは私も同じで、私達の上には、今日も空が広がっている。今は冬だから空気がキンキンに冷えていて、富士山が見えたり、朝焼けが暗い空のコントラストの中でくっきりと紅く燃え上がる。夕方になるとどうしようもないほど赤い色になって、
夕焼けが空を染めていく。雲はなぜか紫に染まっている。
せつなくて、夕日に照らされているものの美しさを見ていると何を求めているのか今日もわからな
かった心が静かに慰撫されていく。すべてが許されて包まれているようなのに、なぜか少し悲しい。そんな空が私達みなの上に広がって、他の何とも比べようのない色の大パノラマが刻々と繰り広げられています。そんな空を見ていると、自分が今までの人生でしてきてしまったこと、その時そこにいた人のこと、したこと、しなかったこと、できなかったこと、そいういことが静かに蘇ってきます。
嘘をつくつもりがなかったのに、結果として嘘をついてしまったことや、どうにもならなかったことが思い出されてくる。私もまたどうにもならない人間なんだと、ふつうに思い出されてくる。それなのに「いいよ」と言ってくれた人がいた。出会った人はみんな、こんな私をそのままにしてくれた。
確かにこの世はどうしようもないけど、その中にいると、なぜこんなに美しく見えてくるのだろう?
どうしようもなさの中にいると、涙がこぼれてくるほどいとおしいのはなぜなのだろう?
この世がこの世であることを愛おしいのに、この世が透けてくる。天国は透けて見える。
なぜだろう?生きていると、人と人の間に天国が透けて見える。
そこには必ず、自分が生まれてきた宿題のような理由とともに、人がいる。
そして人と人の間には空も生み出せないような色が生じる。絆が生じる。これはなんなのだろう?と触れている。それがなんだかわからないけれど、じっと触れている。つかまるようにして、祈るような気持ちで触れている。
そんな時、死はとても近くにある。影のようにというよりも、この世を求めてやまない、あの世からの優しい手のように、そこに何かが息吹いて思い出して欲しがっている。この世をあの世のように愛する時、何が見えてくるのか?そこで私は誰に出会い、何を分かち合い、何を互いに思い、するのだろうか?
詩を書くのは、それを見たいから、生きたいからに他なりません。
この世がどんどん透けてきて、あの世のようになる。そこで何が見えるのか?そこを生きるとさらに何が見えるのか?人間にしか出来ないことをして、私はそれを神様への贈りものにしたい。
それが私にとっての詩を書くことです。そんなとき、詩は死です。詩はたしかに死なのかもしれない。死ぬ前に死なないものは、死ぬ時には滅びている。確かにそうなのかもしれない。